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最高裁判所第三小法廷 昭和58年(行ツ)148号 判決 1985年1月22日

上告人

川越金一

上告人

両輪紀久夫

上告人

松岡博

右三名訴訟代理人

吉原稔

被上告人

滋賀県選挙管理委員会

右代表者

文室定次郎

右訴訟代理人

石原即昭

宮川清

中川幸雄

野洲和博

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人吉原稔の上告理由について

一上告人らは、昭和五六年一二月六日執行の滋賀県東浅井郡虎姫町議会議員一般選挙(以下「本件選挙」という。)において、虎姫町選挙管理委員会(以下「町選管」という。)が公職選挙法(以下「公選法」という。)二二条二項(昭和五七年法律八一号による改正前のもの。以下同じ。)の規定に基づいて行つた選挙人名簿の登録(以下「本件選挙時登録」という。)に際し、現実の住所移転を伴わない架空転入が大量にあつたにもかかわらず、調査の疎漏により有権者の一割近い数の被登録資格のない者を登録したが、このような架空転入者に対する町選管の処置は、公選法二〇五条一項所定の選挙無効の原因である「選挙の規定に違反する」ものであるから、本件選挙は無効というべきであり、また少くとも大量の架空転入工作をした当選者八名の当選は無効であると主張して、本件選挙における選挙の効力及び当選の効力に関する審査申立をしたところ、被上告人は、昭和五七年一一月一六日、本件選挙のために相当数の架空転入が行われたことは一応推認できるが、このような被登録資格を有しない者の選挙人名簿への登録は公選法二〇五条一項所定の選挙無効の原因である「選挙の規定に違反する」ものとはいえない、また当選者が大量の架空転入工作を図つたとしても、そのことから直ちにその者の当選を無効であるとすることはできないとして、上告人らの審査申立を棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした。そこで、上告人らは、被上告人を相手方として原審裁判所に本件裁決の取消し及び本件選挙を無効とする裁判等を求める本件訴えを提起した。

これに対し、原審は、上告人らの選挙無効及び当選無効の主張を排斥した本件裁決を正当として是認したが、上告人らの選挙無効の主張に対しては、架空転入者の登録に関する町選管の処置は、被登録資格のない者を誤つて登録したことに帰するもので、このような瑕疵は登録に関する不服として専ら公選法二四条、二五条所定の手続によつて争われるべきものであつて、同法二〇五条一項所定の選挙無効の原因である「選挙の規定に違反する」ものとはいえない旨判示した。

二ところで、市町村の選挙管理委員会が公選法二二条二項の規定に基づき選挙を行う場合にする選挙人名簿の登録(以下「選挙時登録」という。)は、当該選挙だけを目的とするものではなく、当該選挙が行われる機会に選挙人名簿を補充する趣旨でされるものであるから、その手続は、当該選挙の管理執行の手続とは別個のものに属し、したがつて、右登録手続における市町村選挙管理委員会の行為が公選法の規定に違反するとしても、直ちに同法二〇五条一項所定の選挙無効の原因である「選挙の規定に違反する」ものとはいえない。以上によれば、右選挙管理委員会が選挙時登録の際に被登録資格の調査の疎漏により被登録資格の確認が得られない者を選挙人名簿に登録したとしても、右瑕疵は結局選挙人名簿の個個の登録の誤り、すなわち選挙人名簿の脱漏、誤載に帰するものにすぎないから、公選法二四条、二五条所定の手続によつてのみ争われるべきものであり、それだけでは選挙人名簿自体の無効をきたすものでもなければ、また選挙時登録全部を無効にするものでもなく、右瑕疵があることをもつて直ちに選挙無効の原因である「選挙の規定に違反する」ものとはいえないことはいうまでもないが、選挙人名簿の調製に関する手続につきその全体に通ずる重大な瑕疵があり選挙人名簿自体が無効な場合において、選挙の管理執行にあたる機関が右無効な選挙人名簿によつて選挙を行つたときには、右選挙は選挙の管理執行につき遵守すべき規定に違反するものというべきである(最高裁昭和五二年(行ツ)第九四号同五三年七月一〇日第一小法廷判決・民集三二巻五号九〇四頁参照)。そして、市町村選挙管理委員会は、選挙人名簿の登録にあたつては、被登録資格を有する者のみを選挙人名簿に登録すべきであつて(公選法二二条)、被登録資格を有することについて確認が得られない者を登録してはならないのであるから(同法施行令一〇条)、選挙時登録の際に現実の住所移転を伴わない架空転入が大量にされたのではないかと疑うべき事情があるときは、市町村選挙管理委員会としては、選挙時登録にかかる選挙人名簿の登録にあたり、被登録資格の一つである当該市町村の区域内に住所を有するかどうかについて特に慎重な調査を実施して適正な登録の実現を図る義務があるというべきであり、右の事情が存するのに、右選挙管理委員会の行つた調査が住所の有無を具体的事実に基づいて明らかにすることなく、単に調査対象者あてに文書照会をしたり、その関係者のいい分を徴するにとどまるものであつて、その実質が調査というに値せず、調査としての外形を整えるにすぎないものであるときは、市町村選挙管理委員会が公選法二一条三項及び同法施行令一〇条所定の被登録資格についての調査義務を一般的に怠つたものとして、選挙時登録にかかる選挙人名簿の調製に関する手続につきその全体に通ずる重大な瑕疵があるものというべきであるから、当該選挙時登録全部が無効となり、またこのように選挙時登録全部が無効な場合において選挙の管理執行にあたる機関が右無効な選挙時登録を含む選挙人名簿によつて選挙を行つたときは、右選挙は公選法二〇五条一項所定の「選挙の規定に違反する」ものと解するのが相当である。

三本件についてこれをみると、所論のいうところによれば、(一) 虎姫町では、通常、月間の転入者数が二〇人前後にすぎないのに、昭和五六年七月には六四人、八月には四一二人と転入届をした者の数が異常に増加し、しかもその届出は代理人によるものが大部分を占め、一人の代理人が多数の者を代理して転入届をするといつた例も多く、またその届出内容からすると、一軒の世帯主のところに十数人の転入者が同居しているものといわざるを得ないような例もみられた、(二) 町選管は、同年九月の町議会の一般質問において、七、八月に大量の架空転入があつたとして転入者の住所の有無が問題とされたため、町長部局に住民基本台帳に基づく転入者の実態調査を実施するよう依頼した、(三) そこで、町長部局は、昭和五六年一月一日から同年九月三〇日までに転入した五七六人について虎姫町に住所を有しているか否かの実態調査をすることとし、同年一〇月、右の調査対象者あてに同町に住所を有しているか否かの確認を求める文書照会を行つたところ、これに対し、四八九人につき同町に住所を有している旨の回答があり、未回答の八七人について更に文書による再照会をしたところ、そのうち八五人につき同じく住所を有する旨の回答があり、残り二人については結局未回答に終つた、(四) 更に町選管と町長部局は、右の調査対象者のうち、もともと虎姫町に住所を有していた世帯主のところに同居人として転入した旨の届出をしていた三一六人について、訪問による実態調査を実施したが、その調査結果は、調査対象者三一六人のうち三一〇人が同町に住所を有していることが確認されたというものであつた、(五) しかしながら、その訪問調査の方法は、町長部局の職員が、もともと虎姫町に住所を有している世帯主又はその妻等に対し、その同居人として転入届が出されている者の氏名をあらかじめ記載した調査票を示したうえ、当該同居人とされている者の居住の有無について、その世帯主等のいい分をそのまま調査票に記載するというものであり、この調査によつて住所を有することが確認されたとされる三一〇人については結局本人に対する面接は一人も行われなかつた、(六) そして町選管は、以上に記載した以外には被登録資格についての調査を行わなかつた、というのである。

所論のいう叙上の事実関係が認められるとするならば、当時においても、現実の住所移転を伴わない架空転入が大量にされたのではないかと疑うべき事情があつたものというべきであり、しかも昭和五六年九月の虎姫町議会の一般質問において七、八月に大量の架空転入があつたとして転入届をした者の住所の有無が問題とされたというのであるから、町選管としては、本件選挙時登録にかかる選挙人名簿の作成にあたり、住所の有無について特に慎重な調査をすべき事情が存したものというべきであるのに、本件選挙時登録に際し行われた文書照会による調査及び調査の対象となつている本人に面接することなく訪問先の世帯主等から同居人の居住の有無を確認することに終始した訪問調査は、住所の有無を具体的な事実に基づいて明らかにすることなく、調査対象者あてに文書照会をしたり、その関係者のいい分を徴するにとどまるものであつて、その実質は調査というに値せず、調査としての外形を整えたにすぎないものというほかはないから、本件選挙時登録に際し、町選管は被登録資格についての調査義務を一般的に怠つたものというべきこととなり、そうすると、本件選挙時登録にかかる選挙人名簿の調製に関する手続につきその全体に通ずる重大な瑕疵があることとなるから、本件選挙時登録全部が無効となり、したがつて、右無効な本件選挙時登録を含む選挙人名簿によつて行われた本件選挙は、公選法二〇五条一項所定の選挙無効の原因である「選挙の規定に違反する」ものというべきこととなるといわざるを得ない。

四そして、記録によれば、所論のいう前記の事実関係が存在することがうかがわれるから、更に審理を尽くせば、右の事実が認定されたうえ、本件選挙が公選法二〇五条一項所定の「選挙の規定に違反する」ものとする上告人らの主張が是認される可能性が十分に存するものというべきである。しかるに、原審は、本件選挙時登録に際し町選管がどのような方法によつて住所の有無を調査したかについての事実関係を何ら確定することなく、したがつてまた本件選挙時登録にかかる選挙人名簿が無効か否かについての判断をすることなく、架空転入者の登録に関する町選管の処置は公選法二〇五条一項所定の選挙無効の原因である「選挙の規定に違反する」ものにあたらないとしているのであつて、原判決は、公選法二〇五条一項、二二条二項、同法施行令一〇条の各規定の解釈適用を誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違法をおかしたものというべきである。そして、本件選挙時登録が前記のとおり全部無効ということになれば、これが公選法二〇五条一項所定の「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合」にあたることは記録上明らかであり、したがつて本件選挙も無効というべきこととなるから、原判決の右の違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は右の趣旨をいう点において理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件選挙時登録にかかる選挙人名簿の調製に関する手続につきその全体に通ずる重大な瑕疵があるか否かについて更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(安岡漏彦 伊藤正己 木戸口久治 長島敦)

上告代理人吉原稔の上告理由

第一点 原判決には、憲法第一五号ママ一項三項に違反し、ないしは判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の解釈適用の誤りがある。

一、原判決は、本件選挙における、いわゆるニセ大量転入事案につき公選法二〇五条一項の「選挙の規定に違反する」ものではないとして、選挙の無効及び当選の無効をきたさないとしたのは公選法二〇五条一項の解釈を誤り、ひいては国民の選挙権の適正な行使を保証する憲法一五条一項三項に違反している。

二、すなわち、原判決は「理由三」において

「しかし、被告が裁決書で詳細に判断説示しているように、架空転入者の登録に関する町選管の処置は、登録すべきでない者を誤つて登録したことに帰するもので、このような瑕疵は登録に関する不服として専ら公選法第二四条、第二五条所定の手続によつて争われるべきものであつて、選挙無効の原因である『選挙の規定に違反する』ものとはいえない」

としている。

この判断は、公選法の右規定の解釈適用を誤つている。

三、本件のような町選管の任務懈怠、法違反によつてニセ大量転入をみのがした違法及びそれに対し公選法二四条による異議の申立をうけたのに、内容のない形式的な調査によつてこれを棄却し、大量無効投票をひきおこした違法は、町選管が選挙の規定に実質的に違反したものとし無効とすべきである。

(一) 一般に、「選挙の規定に違反することがあるとき」とは、選挙の管理執行が違法である場合をいうものと解され、選挙の管理の任に当る機関が選挙管理執行の手続に関する明文の規定に違反した場合は明らかにここにいう「選挙の規定に違反することがあるとき」に該当する。しかしながら、たとえ選挙の管理執行に当る機関において直接にかような明文の規定に違反しない場合でも、その管理執行に係る選挙そのものが、あるいは当該機関の根ママ限濫用により、あるいは当該機関の意図に反する他の事情等により、著しく自由と公正を失し、選挙法の所期する正常な選挙が行われなかつたに等しいと目し得るような場合には、その選挙はなお選挙法規の定める管理執行の手続に実質上違背するものとして選挙の無効を来すものと解すべきである。

たとえば、一定地域において、大きな影響をもつ大会社が、いわやる企業ぐるみ選挙を行い、あるいは買収、不当な圧力、大量無差別戸別訪問などの違法な選挙運動を行つたという場合は、これらの行為は、公職選挙法違反行為として同法の罰則に触れるものではある。

これらの行為が大規模・広範に組織的に行われて選挙の自由と公正を甚しく没却し、結局当該選挙そのものの選挙の実を失わせ、法の所期する選挙がないに等しい程度に達したときは、なお選挙の規定の違反があるものとして当該選挙を無効としなければならないものと解する(昭和三六年六月三〇日東京高裁昭和三四年(ケ)第一五号事件判決)。

ところが、本件の行為は、単に大量買収とか、無差別戸別訪問とかのように警察や選管にかくれて行われた違法行為ではない。

町当局が住民基本台帳法に違反してニセ大量転入という違法行為をみすごして受入れたこと、公選法二四条による異議申出をしたのに選管がこれをズサンな調査によつて棄却したという事案である。

虎姫町選管は「住所要件」を確認したといいうるにたる外形を有する調査を何ひとつせず、とうてい確認したとはいえず、そもそも調査の外形をつくつたにすぎず、実質的に調査と呼ぶに値しないものであつた(その詳細は後述する)。

前述の東京高裁判決は、大量買収、大量選挙違反の場合ですら選挙の公正が著しく害された場合、選挙の規定に違反するものとして無効とする。

この意味では、選管のミスあるいは故意によるサボタージュが介入している本件の場合、選挙の規定に違反するものとして無効となることは当然といえる。

(二) 最高裁昭和五二年(行ツ)第九四号昭和五三年七月一〇日第一小法廷判決(福岡県芦屋町の事案)で本件のようなニセ大量転入の事例が「選挙無効事由とならない」とされた事案は、「転入者が七〇数名という小人数で転入を組織した候補者が一人である」という点で、「四〇〇人に近いニセ大量転入、しかも八名の現職町議による主謀者があつた」本件とは、そのスケールと悪質さの程度に大きな相違がある。

つまり、本件ニセ転入事件の特徴は県下最大の同和地区たる虎姫町大字五地区及びその周辺地区を中心に、その地区から立候補し、当選した古川春敏外七名の者によつて、彼らの親類、従業員、友人等をよびあつめるという形で行われた。そして、同地区出身候補のうち、ニセ転入を組織しなかつた上告人川越金一が落選したというところに特徴がある。

周知のように、虎姫町議選挙のような町段階の議員の選挙では、町内の各字や集落ごとに推せん候補を決め、居住者の投票を事実上推せん候補に集中する形の、いわゆる「集落ぐるみ選挙」が行われるのが常態であるところ、本件選挙で立候補した一七名の候補者中、一〇名の同和地区出身候補以外の者のうち上告人両輪を除くその余の者(上告人両輪は日本共産党公認なので「部落すいせん」がえられない)は、それぞれの字、集落のすいせんをうけて当選に十分な票がえられるので同和地区出身候補以外の者が大量ニセ転入を組継ママする必要は全くなかつた。

従つて、有権者の三割をしめる同和地区及びその周辺地区から立候補した一〇名の中での当落にニセ転入が大きい影響を及ぼしたのであるから、ニセ大量転入が、全有権者の一割であつても実質的には同和地区有権者の三割三分にあたる。これほど大規模な「選挙の結果に異動を及ぼす」スケールで行われたのである。

もう一つの重要な差は、芦屋町の例では公選法二四条の異議申出がされなかつたのに対し(だから、選管がニセ転入か否かを調査する直接のきつかけ、法的義務づけがなかつた)、本件ではこれがされたのに(調査が法的に義務づけられたのに)、町選管がズサンな調査のため大量の潜在的無効投票を阻止しえなかつたという点に決定的な相違がある。

すなわち、ここに本件の場合は、右最高裁判例の事案とはちがつて、「選挙の管理執行にあたる機関が選挙の規定に違反した」という範ちゆうに入つてくる決定的に重要な要素があるのである。

三、(一)原判決は、選挙人名簿修正訴訟と「選挙の規定違反」との関係についての上告人の主張に対して、「理由三」において、

「右にいう選挙の規定違反というのは、原則的には選挙執行機関の行う選挙の管理執行に関する規定違反を意味するものであつて、追加登録は当該選挙が行われる機会に選挙人名簿を補充する趣旨でなされるものであるから、その手続は当該選挙の管理執行の手続とは別個のものに属しているうえ、公選法が登録に関する争訟を規定しているのは、原告主張のように同一瑕疵を理由とする選挙無効に加え迅速な救済のために設けられたものではなく、選挙の結果の安定を図るため名簿における個々の登録内容の誤りと選挙の効力との関係を遮断し、名簿そのものが無効でない限り、登録内容に誤りがあつても、選挙の効力には影響がないものとする趣旨であると解されるので、架空転入者の選挙人名簿への登録は、選挙無効原因である『選挙の規定に違反する』ものではない。

従つて、登録についての争訟の結果は既に行われた違法な選挙を是正しえないことを理由として、名簿への個々の登録の誤りも選挙無効の原因としての『選挙の規定に違反する』ものとすべきであるとの原告らの主張は、採用できない」

と判示した。

(二) 御庁に上告中の昭和五八年(行ツ)第三三号(上告人川越金一外一名、被上告人虎姫町選挙管理委員会〔原審大津地方裁判所昭和五六年(行ウ)第五号〕)は、いわゆる名簿修正訴訟と称されるものであるところ、大津地方裁判所が、昭和五七年十二月二〇日に言渡した判決の内容は、訴訟の対象となつた三七九名中、三四一名について訴を却下し、二七名については異議を棄却するとの決定を取消し、一一名については原告の請求を棄却した。(右上告審は、十二月一日、双方の上告棄却の決定があつた)

(三) その理由は、「本案前の主張」につき、「本件訴訟は、前記のとおり選挙人名簿の脱漏、誤載の修正を目的とするものであるから、口頭弁論終結時においてこれが修正(登録または抹消)されておれば、既に右の目的を遂げたことになり、本件訴訟は訴えの利益を欠くに至るものといわざるをえない。これを本件についてみるに、いずれも成立に争いのない乙い第七ないし第九号証によると、被抹消者が昭和五七年九月二日までに選挙人名簿から抹消されたことが認められ、右事実によると、本件訴えのうち、被抹消者にかかる本件棄却決定の取消しを求める訴えは、訴えの利益を欠き、却下を免れない」とした。

この判決の論理でいけば、名簿縦覧から投票までのわずか十日たらずの間に確定判決をとらないとその選挙には間に合わなくなるが、それは実際上不可能であるから「名簿修正訴訟」という名がついてあつても具体的な当該選挙にむけての名簿修正には何らの実効を期しがたい。

その上、再転出した者については却下となるのであれば、なおさら実効を期しがたく、まさしく「画にかいたもち」になる。

右原告は、この点について不服があるので、御庁に上告した。

(四) しかしながら、右大津地裁判決の結論によると、被上告人が「いわゆるニセ転入事件についての違法は、公選法二〇四条の『選挙の規定に違反した』とはいえない。ニセ転入事案についてはもつぱら公選法二四、二五条の規定により争うべきである」とする論拠がくずれることになる。

つまり、ニセ大量転入者は、選挙めあてに架空に住所を移したものであり、生活の本拠は元の住所においているのだから、その不便を解消するため選挙が終れば直ちに元の住所に再転出するのは通常のことであり、再転出すれば訴の利益がなくなつて却下されるというのでは、ニセ大量転入事案に対しては公選法二五条の訴訟は何らの実効性を有しなくなるから「ニセ転入事案にいつママては選挙の規定に違反したとしなくても公選法二五条で争えるから差支えない」とする前述の被上告人の論理は、その前提を失うことになるのである。

(五) 原判決は、「名簿登載の過誤と選挙の効力をしや断するのが公選法のたて前であり、選挙無効に加え、迅速な救済のためにきめられたのではない」という。

たしかに、有権者の一人又は一〇人程度の登載ミスがあつて、それで名簿全体が無効になり、選挙が無効になるということはありえない。選挙の効力の安定化は別の要請でもある。上告人もかかる非常識なことをいつているのではない。

しかし、その名簿の登載ミスが有権者の一割(実質的に三割三分)にまでのぼり、しかも、それが現職町会議員によつて組織されるというに至つては、実質的に選挙の公正を著しく阻害することとなり、これは選挙の管理執行機関が「選挙の規定に違反した」ことによる不公正と同等又はそれ以上の不公正をもたらすものといえる。

選挙の公正が害されたか否かは、形式的な手続違反よりも、その規模、内容、実害の程度によつて決定されるべきものであろう。

後述の、定数是正に関する最高裁判決も、定数のアンバランスが一定の率をこえる場合、違憲無効としており、まさしく選挙の効力においては、「量が質に転化する」ことになるのである。

このような実態を無視して、単に「分離されている」「しや断されている」という理屈だけで、かような不正義に目をつぶるのは許されない。

しかも、前記福岡県芦屋町事件についての最高裁判決は、「名簿修正訴訟で争う道があるから、あえて無効とする必要はない」といつているが、その修正訴訟なるものが、現実の不公正の是正に全く役立たぬものである以上、その論理は破綻している。

裁判所は、公選法二〇四条の拡張解釈をしてまで違憲状態を是正しようとした定数是正判決にならい、形式論にこだわることなく、実質的に不正義を救済する法理論をとるべきであろう。

五、次に、原判決は、理由三において、

「なお、原告らの挙げる議員定数配分訴訟についての判例の立場からして、『選挙の規定に違反する』ということは、選挙法令の明文に反していなくても、選挙の自由公正が著しく害された場合をも含むとしても、架空転入者の名簿登録につき町選管などの公権力が協力、加担した等の格別の事情が全証拠によつても認められない本件においては、架空転入の実態が原告ら主張のようなものであつても、『いまだ選挙を無効とすべき程度に選挙の自由と公正が阻害されたとはいえない。』とした被告裁決の判断は正当であり、また、選挙無効についての原告らのその余の主張に対する裁決の判断もすべて正当として首肯することができる。」

と判示している。

(一) いわゆる選挙区の議員定数不平等を理由とする選挙無効を争う一連の事件における最高裁等判例の立場は、公選法の規定自体が違憲であることを理由としており、選挙の管理執行機関の管理執行とは全く関係なく論ぜられている。

(1) すなわち、最高裁大法廷昭和五一年四月一四日判決「議員定数配分規定違憲」大法廷判決(判例時報808号二五頁)において多数意見及び岡原裁判官らの反対意見は、「現行法上選挙を将来に向かつて形成的に無効とする訴訟として認められている公選法二〇四条の選挙の効力に関する訴訟において、判決によつて当該選挙を無効とする(同法二〇五条一項)ことの可否である。この訴訟による場合には、選挙無効の判決があつても、これによつては当該特定の選挙が将来に向かつて失効するだけで、他の選挙の効力には影響がないから、前記のように選挙を当然に無効とする場合のような不都合な結果は、必ずしも生じない。(元来、公選法の規定に違反して執行された選挙の効果を失わせ、改めて同法に基づく適正な再選挙を行わせること(同法一〇九条四号)を目的とし、同法の下における適法な選挙の再実施の可能性を予定するものであるから、同法自体を改正しなければ適法に選挙を行うことができないような場合を予期するものではなく、したがつて、右訴訟において議員定数配分規定そのものの違憲を理由として選挙の効力を争うことはできないのではないか、との疑いがないではない。しかし、右の訴訟は、現行法上選挙人が選挙の適否を争うことのできる唯一の訴訟であり、これを措いては他に訴訟上公選法の違憲を主張してその是正を求める機会はないのである。およそ国民の基本的権利を侵害する国権行為に対しては、できるだけその是正、救済の途が開かれるべきであるという憲法上の要請に照らして考えるときは、前記公選法の規定が、その定める訴訟において、同法の議員定数配分規定が選挙権の平等に違反することを選挙無効の原因として主張することを殊更に排除する趣旨であるとすることは、決して当を得た解釈ということはできない。)としている。この趣旨は、最近の昭和五八年一一月七日大法廷判決にもひきつがれている。

(2) 又、東京高裁昭和五五年十二月二三日判決(判例時報984号、二六頁)は、

「被告は、本件訴は公選法二〇四条が規定する選挙無効の訴の範ちゆうに入るものではなく、不適法である、と主張する。確かに、原告が本訴の根拠として主張する公選法二〇四条は、選挙規定の有効を前提とし、選挙の管理執行上の瑕疵があつた場合に当該選挙を無効とするための訴訟を予想して規定されており、選挙規定自体の違憲、無効を理由として選挙の効力を争う場合までをも予想し、規定されたものでないことは、同条に定める訴訟の被告が選挙管理委員会とされていることや、訴訟の結果当選人がなくなつたなどの場合の再選挙に関する規定(同法一〇九条、三四条)などに照らすとまず疑いはない。

しかし、選挙規定に基づく単なる管理執行上の瑕疵以上に重大な瑕疵というべき選挙規定それ自体の違憲、無効を理由とする選挙無効の訴が前記規定の許容する範囲外であり、かつそのような訴を許すべき実定法規が存在しないからとしてその提起を許されないとするのは、本末転倒であつて妥当ではなく、選挙人は右のような場合には公選法二〇四条の訴訟形式をかりて選挙無効の訴を提起することはできると解すべきである(最大判昭和五一年四月一四日民集三〇巻三号二二三頁)」

としている。

(3) 右のように、「そのような訴を許すべき実定法規が存在しないからとしてその提起を許さないとするのは本末転倒であつて妥当でない」とまでいうのなら、本件原判決のように本件においては明文の規定があるのに、それをかたくななまでに限定的に解釈して、訴を許さないのはまさしく本末転倒であり、右最判のように「およそ国民の基本的権利を侵害する国権行為に対しては、できるだけその是正、救済の途が開かれるべきであるという憲法上の要請」に照らして考えた場合、本件を選挙の規定に違反したものとして無効とすることは正義にかなうものである。「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある」ような高度の「選挙の規定に違反することがあるとき」に選挙の全部又は一部を無効とする法第二〇五条一項の存在目的は偏えに管理・執行された選挙の実態的情況の自由と公正を保障せんとするに存るのであつて決して選挙を管理執行した機関の責任を問わんとするにあるのではない。原判決の判断は右定数是正違憲訴訟の最高裁大法廷判決と抵触する。

第二点 原判決には判決に影響を及ぼす著しい法令の違反、審理不尽、理由不備の違法がある。

一、右原判決の理由三における「架空転入者の名簿登録につき町選管などの公権力が協力加担した等の格別の事情が全証拠によつてもみとめられない本件においては」との判示部分は全く不当である。

原裁判所は、本件訴訟に提出した本件選挙にかかわる名簿修正訴訟である、大津地方裁判所昭和五六年(行ウ)第五号の記録を全くみていないのではないかとすら思われる。

二、右事件において、町選管の行つた違法行為については主張立証されつくしているところである。以下その要点をのべることとする。

(一) 本件ニセ転入に関する虎姫町選管及び虎姫町の対応には、概略次の点に重大な違法がある。

第一は、昨年七、八月にニセ転入届が大量に提出された時点において、それを不受理又は抹消しなかつた違法。

第二は、町議会等において調査申出をうけて、ニセ転入に対する調査を行つた時点の調査のズサンさに関する違法。

第三は、選挙人名簿登載に関する異議申出に対して、何ら調査をせず、ニセ大量転入組織者の有形無形の圧力をうけて棄却した違法。

の三段階に存する。

以下これを詳述する(以下に引用する準備書面、証人、甲乙号証はすべて、大津地方裁判所昭和五六年(行ウ)第五号事件の付記番号による)。

第一、転入届を不法に受理、抹消しなかつた違法

(一) いうまでもなく、住民基本台帳の整備は、地方自治体の行政を推進する上での根幹をなす制度である。

公職選挙法二一条は、選挙人名簿の登録は当該市町村の区域内に住所を有する年齢満二〇才以上の日本国民で、その者に該る当該市町村の住民票が作成された日から(他の……中略……当該届出の日)引続き三カ月以上当該住民基本台帳に記録された者について行うとされ、又、住民基本台帳法一五条は同様の趣旨を規定しているので、転入届の受理は、そのまま選挙人名簿への被登録資格を取得することになる。

一方、住民基本台帳法三条は「市町村長は、常に、住民基本台帳を整備し、住民に関する正確な記録が行なわれるよう努めなければならない」との責務を課し、又、「住民は住民としての地位の変更に関する届出を正確に行うよう努め、虚偽の届出その他住民基本台帳の正確性を阻害する行為をしてはならない」として、同法四四条は虚偽届出に関する罰則を付している。又、「住民票は権利義務に関する公正証書であるから、住民票についての虚偽届出は刑法一五七条一項の公正証書不実記載罪にあたる」とする最高裁、昭和三六年六月三〇日判例がある。

又、同法は、十四条において「住民基本台帳の正確な記録を確保するための措置」をとることを市町村長に義務づけ、それをうけて同法二四条は、住民票記載事項について、その正確性の調査権限を規定している。

(二) 本件では以下のべるように一見して選挙めあてのニセ転入たることが明らかであるから、かような法律の規定に忠実である限り、転入届の段階でニセ転入を阻止しえたのに、これをしなかつた点で違法がある。

(1) 第一に、通常月は二一名前後の転入が、七月に六四人、八月に四一二人と急増し、八月のお盆のころには一日三〇名近い異常な事態となつたので、この時点で既に選挙めあてのニセ転入たることを疑い、法律の規定をフルに活用してニセ転入届を受理しないか、受理してもすぐに抹消する手続をとるべきであつた。とりわけ、本件では、三八四人の転入者のうち実に88.0%が代理人により転入届が出され、代理総数は六六人であり、一人の代理人が最高六三名を代理しているという事実である(甲一号証の六、原告第二準備書面二、(四)別紙(三))。

そもそも、住民基本台帳法二六条は「世帯主は、その世帯に属する他の者に代つてこの法律の規定によつて届出をすることができる」と規定し、世帯主にのみ届出の代理人たる資格を与えているのである。世帯主以外の代理は本来許されない。

又、同施行令二六条は、「届出は届出人が署名し又は印をおした書面でしなければならない」とその厳重な要式をきめている。これに従つて、本件の届出にも本人署名押印らしきものがされている。

従つて、仮に世帯主以外の者が代理人となることが許されるとしても、その場合は届出書が「届出人が署名し又は印をおしたものか」を確認(いわゆる本人の意思確認)することが必要である。

しかるに、右事件原審富永証人の証言によれば、あきらかに世帯主以外の代理人による届出であるのに、本人がした者か否かの確認は一切していない。

(2) 又、仮に、本人の意思による届出であるとしても、はたして、実際に住居を有しているか否かの調査をすべきである。転入届には、前住所地の市町村の転出証明書がついているとしても、それは前住所地を離れたことの証明であつても、実際に、転入先に住居を移したことの証明とはならないからである。

(3) 次に、住民基本台帳法三四条によると、転入にともない、国民健康保険の被保険者資格、国民年金の被保険者資格も同時に転入先市町村に帰属するから、健康保険料や年金も転入先市町村で納付しなければならない。

しかるに、乙ろ第五、六、三五、三八、三九、四六、六二、八二、八六、八七号証等のように、届出人より「年金は前住所地で納付する」という申出があり、それがそのまま附記されているが、こういうことは本来あつてはならないことである。

もつとも、本件はニセ転入であるから、選挙がすめば前住所地に帰ることが予定されているから、こういう申出になるのは当然であるが、法律の規定からすれば、こういう申出は受理すべきではないのである。

(4) 更に、転入届自体が、改良住宅に十八人も居住するという(北川正男方)、とうてい実際に居住するとは考えられない異常な届出について、担当課長もその異常さをみとめながら、脅迫電話をうけたことのおそろしさもあつて、そのままみとめてしまつているのである(富永証言)。

前回の昭和五二年一二月の選挙にも、虎姫町では九八名にのぼる選挙めあての大量転入があつたのは公知の事実であり、役場でもそのことは知つていた。今回の転入は、七月になつて、通常月の三倍に達し、しかもそれには「当然に」(富永証言)有権者たりうる二〇才以上の転入者が特に多く、しかも通常の転入なら一家の全部が引越すのが当然なのに、世帯ぐるみの全部転入でなく、世帯のなかの一部のみが転入する「一部転入」がきわめて多く、又、それも、先住の世帯主に同居人として届け出るケースが圧倒的に多い。又、転入届を出しやすいということから女子が多い。

このような特徴をもつことから、これは違法なニセ転入だと察知して直ちに抹消すべきであつたのである。

(5) 現に、本件につき岐阜市では、昨年八月に岐阜市から虎姫町に十六世帯二一名の転出があり、代理人による届出に不審をいだいた係員が直ちに本人に確認したところ、本人が全く頼んだ覚えはないというので、直ちに調査をし、直ちに三名をのぞく回収が行われ、本人のしらない転出が阻止された事例がある(甲い第二〇号証)。

出ていかれる方の立場(岐阜市)ですら、このような機敏な措置を行つて、未然に違法行為を阻止しているのである。入つてこられる側(虎姫町)において何故これができないのか。

できないはずはなく、知りながらしなかつたにすぎない。

(6) かように、届出段階において、法律の規定に違反しているから受理すべきでなく、受理しても、すぐに抹消すべきなのにこれをせず、ニセ転入を容認し、これを選挙人名簿に登載せしめた点で重大な違法がある。

第二、九月町議会での一般質問での上告人川越金一議員の指摘をうけ、調査にのり出すことになつたが、その調査たるやまことにズサンきわまりないものである。

(一)(1) まず、第一次調査(いわゆるアンケート方式)であるが、富永証言からも明らかなように、この調査は、郵便で転入届に「世帯主」として記載された者のところへ発送されるのであるから、その回答が形式上本人による回答の形をとつていても、それが本人の意思によるものとの確認は何らできない。

ニセ転入の主謀者は、自宅を同居先として大量転入を組織しているのであるから、その転入先にアンケートを発送し、回答をもとめても、本人が回答せず、主謀者によるデタラメの回答がされることは明らかだからである。

実際上、原告第二準備書面二、(五)、別紙(四)で指摘したように、アンケート回答のうち、同一人によるとみられる筆跡は四〇とおりあり、それによる回答数一一八人にのぼることからも、右の指摘は裏付けられている。

(2) もつとも、右のアンケート回答からだけでも、それが本人自身の筆跡によるものでないということは、容易に判別できたのである。乙ろ第一〜三三一号証の転入届(異動届)に記載された「本人」欄の署名と印鑑は、前述の住民基本台帳施行令二六条の届出は、届出人が署名し又は印を押した書面による、としていることにかんがみ、建前上では一応本人のものとして扱われているのであるから、アンケートの回答の本人欄の筆跡と押印が、転入届の本人欄の署名と押印と合致しているか否かを照合すれば、大部分があきらかに相違していることから、直ちにアンケート回答が本人のものでないことが分明となるはずだからである。

(原告)第二準備書面二、(五)、別紙(五)で指摘したように、これらは明白に相違しているのである。

このような、誰でも考えつくような照会方法によつて、アンケート回答が本人のものとは考えられないことが直ちに明らかになるのに、町選管はあえてこれを知りながら、その照合すら行わず、回答が返送されたことをもつて、住所が確認されたものとして扱つているのである。

(3) 更に、仮に右回答が本人の意思と筆跡で回答されたとしても、そのことから本人がそこに住居を有しているということの確認にならぬことは火をみるよりも明らかである。

まさしく、富永証人のいうように「返つてきたら、それは本人が書いたはずだとみなす」ことでしかないのである(同証言四九丁表)。

上告人らと当代理人は、昭和五六年一〇月五日に、肥田助役、富永住民課長らと会い、調査を申入れた際にも、このようなアンケート調査は「転入の事実がないのに、あると回答せよ。それも他人が本人の名前で回答してよい」と役場が教唆することにしかならない、有害無益であると指摘した。これに対し、「とりあえず、この方法しかないからやる。これだけでは終らせないから」という回答に終始した。

結果的には、五七六名に発送して四八九名の第一次回答があり、更に未回答者八七名に発送して、八五名の回答があつたが、これによつては何ら住所を確認をしたことにならず、無駄であるばかりか、有害であつた。

にもかかわらず、未回答者二名をのぞいて残りの全部につき確認がされたものとして処理したのはまことに不当である。

(二)(1) さて、アンケート調査によつて、五七六名中五七四名が回答した。それによつて、住所は確認されたとされたが、念のためというので第二次調査「訪問調査」を実施した。

ところが、この訪問調査といつても、その実態は以下のような、おそまつきわまりないものである。

(2) まず、訪問とは、転入届に同居人として届出た者(世帯主がもともと虎姫町の人で同居人と表示されている人のみが転入者である者を対象として)、三一六名を選んで、その同居先、つまり、世帯主のところをたずね、その世帯主に同居人が住んでいるかを問い、住んでいると答えたら、それで住んでいるとみなすというものである。

(イ) まず、訪問調査の際もつていつた住民実態調査表の中の同居人欄の氏名はすべて役場のほうで記入してもつていつたのであるが、ここに問題がある。すなわち、役場の方で氏名を記入して世帯主に示せば、みせられた方は「同居している」とおうむがえしに答えを返してくるにきまつている。なぜ世帯主に直接「同居人はいるか。いるとしたら氏名は何か。どこからきたか。今どこにいるか」ときかないのか。

それをしないで、同居人の氏名を役場の方で記入してもつていけば、「同居している」という答を引出すために誘導したと同じ結果になつてしまう。

(ロ) しかも、訪問して不在の場合は、次に訪問するにあたつて、不意打ちでなく、あらかじめ乙ろ十一号証のような「予告」をしているのであるから、訪問をうける世帯主は訪問を予定して「この人はすんでいます」という答をすべく待ちかまえていることになろう。

もつとも、このように、いたれりつくせりの「予告」と「アドバイス」「回答の誘導」があつたのだから訪問をうける側としては、せめてこの時ぐらいは同居人をよびよせて、実際に、家の中に居させ、調査員がきたときに「これこのとおり住んでいます」と顔をみせるぐらいの芝居をしてもよさそうだが、実際には、そんな場面は全くなかつたし、「同居している」という回答もきわめて少なくなかつたということは、「実際には全く居住していなかつた」ことを逆に裏付けるという皮肉な結果となつているのである。

(3) 次に、そこにかかれている「居住している」「出稼」「下宿」「入院中」「旅行中」「出張中」「その他」という欄は何をいみするのか明確でなく、例えば、富永証人は「下宿」とは、「ここに住民票はあるが大阪の大学へ行つて下宿している」という意味と説明したというのに(富永証人ママ六一丁表)、調査員は(虎頭総務課長)「ここに下宿している」という意味に解したり(乙ろ第七一二号証)、これひとつとつてもまちまちである。

「出稼」というのも、住居はここにあるが出稼ぎにいつていて、ここにはいないという意味らしいが、七月八月に一斉と虎姫町に転入してきて、又一斉に出稼ぎにいつているというのもおかしいし、それならせめてどこへ出稼ぎにいつているかをたしかめるべきなのにそれもしていない。

(4) しかも、世帯主にきいたといいながら、隣人にきいたり、調査票を隣人に預けばなしにして、あとでうけとりにいつたり(乙ろ第七一一号証・七一四号証、富永証言六五丁表・六八丁表)、住民基本台帳法第三四条三項の「関係人」とは、「本人、本人と同一の世帯に属する者、同居人、寄宿舎の管理人等当該調査の対象となる事実に関係を有するものをさすと解され、必ずしも血縁関係を有する必要はないが、単なる隣人だけではこれを含まない」という通達(昭和四二年九月二五日自治事務次官通達)に全く違反した取扱いがされている。

「北川正男」(乙ろ第七九九、八〇〇号証)は、三八人を代理してニセ転入をした当の本人である。その当の本人であることを知りながら、その本人に「この人は同居しているか」ときいて、「同居していない」という答がかえつてくるのはありえないことであつて、このような調査のしかた自体が間違つている。

(5) 以上要するに、本件の訪問調査なるものは、職員が、一軒一軒訪問して直接本人に面接し本人がいるか否かを確認するというのではなく、転入届に届出られた世帯主(被同居先)の者を訪ねて、本人が住んでいるか否かをきき、住んでいるといえばそれをうのみにするというもので、調査員自身は、それを全く確認せず(富永証言十五丁裏、六三丁表)、全く裏付調査もなく、「同居している、今いる」と答えている場合ですら、その軒先までいつていながら、本当にいるのかどうかを確認すらしていないのである。

訪問調査というと、いかにも大変な調査をしたようにきこえるが、その実態はこのようなもので、とうていまともに住所要件を確認した調査とはいえないものであり、その信用性はまつたくない。

第三、町選管としては、異議申立をうけた後に、何らの調査もしていない。そもそも前述の調査は住民基本台帳法上の調査であり、公職選挙法二五条による異議の申出に対応して同法が定める調査ではないのに、これを全くしていない点において違法がある。

それでは一体何故かかるズサンな調査しかしえなかつたのか。

町選管としても、この調査で十分とは思つていなかつたのであるが、こんな調査しかせず、しかも異議申立全部を棄却したのは、富永証人が再三いうように、選挙の前後を通じ、職員がノイローゼになり、事実上選管の機能を喪失していたのである。

深夜、自宅に再三脅迫電話がかかるとか、「候補者カーに候補者がのつていない」といつて延々三〇分近く抗議電話があるとかの状態が継続し、しかも、主謀者がいずれも現職町会議長らのボスで、県下最大の同和地区を牛耳るという、ニセ転入のスケールの大きさと、主謀者の力関係、しかも「町議会全員協議会」で、全員一致で「やめよう」と申しあわせたことからも、ニセ転入を全員承知のうえでやり、あえてそれを是正しなかつたという確信犯的な内容等から、町選管としてもとうてい手出しができないという無力感におそわれていた結果なのである。

三、以上詳述したように、虎姫町選管の調査はズサンとしかいいようがなく、「むしろ調査の外形をつくったものにすぎず、実質的には調査と呼ぶに値しないものである。まさしく、選挙を管理執行する上においてなすべき被登録資格の調査を怠つたものというべきであり、真に選挙権を有する者のみを選挙人名簿に登載せんとする法の要求に欠けるものであると認めざるをえない」(広島高裁昭和四六年(行ケ)第四号、昭和四七年一一月二一日判決、判例時報八九二号、五三頁)のである。

これは、原判決のいう「架空転入者の名簿登載につき町選管などの公権力が協力加担した等の格別の事情」にあたるものであり、結果的にはそれと同視すべき違法状態を作出したのである。

原判決は大津地裁における名簿修正訴訟の一件記録を証拠として提出しているのに、本件のニセ転入の実態についての具体的な事実判断を一切せず、安易に「分離論、しや断論」に依拠しているのは、まことに不当である。

四、判例は、昭和三六年六月三〇日東京高裁判決が「選挙が当該機関の権限乱用あるいは当該機関の意図に反する事情により著しく自由と公正を失し、選挙法の所期する正常な選挙が行われなかつた場合には、その選挙はなお選挙法規の定める管理執行の手続に実質上違反するものとして、選挙の無効を来すと解すべきである」とし、本件同様の事例として昭和四六年四月執行の広島県安芸郡倉橋町議会選挙における架空転入詐欺登録、詐欺投票について、広島高等裁判所(昭和四七年一一月二一日判決)及び最高裁判所(昭和四八年五月二五日判決)、福岡県芦屋町会会議員選挙についての福岡高等裁判所(昭和五二年六月一六日)判決は選挙無効と判断している。

ところで、福岡県芦屋町事件の最高裁昭和五三年七月一〇日第一小法廷は「(結局、登録すべきでない者を誤つて登録したことに帰するような瑕疵は)、登録に関する不服として専ら公選法二四条、二五条所定の手続によつて争われるべきものであることは明らかであつて、選挙人名簿自体の無効をきたすものでないことはもちろん、公選法二二条二項に基づく新たな登録全部を無効にするものでもないから、右瑕疵があることをもつて選挙無効の原因である選挙の規定に違反するものということはできない」と判示するが、もしこの理由によるとすれば公職選挙法二五条の争訟そのものが意味を失うこととなる。

すなわち、選挙における選挙人資格は選挙の公正を確保する原点、最も重要な規定であり、そのためにこそ異議申立棄却決定に対し、独自の争訟が提起される道がひらかれているところ、右訴訟で異議却下決定が取消されても選挙そのものの効力に何の影響も存しないとなると、何のために公選法二五条の争訟の道がひらかれているかが全く無意味となる。法は、選挙の規定に違反する最も典型的な場合のひとつとして選挙人名簿の登録に関する誤りをあげ、特別にそれを是正するための方策を規定したものであつて、それがあるからといつて、選挙の無効をきたさないことの理由とすべきではなく、右判例の結論は誤つており、早晩変更さるべき運命にある。

もつとも右判例は、「もつとも、選挙人名簿の調整に関する手続につき、その全体に通ずる重大な瑕疵があり選挙人名簿自体が無効な場合において選挙の管理執行にあたる機関が右無効な選挙人名簿によつて選挙を行つたときには、右選挙は選挙の管理執行につき、遵守すべき規定に違反するものとして無効とされることもありうるが、」と判示しているところ、本件のように有権者の一割に近い大量のニセ転入が行われ、町選管がそれをみのがした場合は、選挙の公正を害する程度が明らかであることからしても、右判例の傍論でいう選挙の規定に違反して無効という場合にあたることになる。

その点について、何ら判断せず、「全証拠をもつてしても格別の事情が認められない」として棄却したのは、審理不尽、理由不備の違法がある。

五、最後に、本件ニセ大量転入が虎姫町の選挙の自由、公正に及ぼした実害はきわめて大きい。

しかも、それが「分離論、しや断論」などの形式論で何ひとつ救済されず、ニセ転入がやり得となつていることから、選挙民に与えた信頼の失遂ママもはかりしれない。

御庁が本件上告をいれ、選挙無効を宣言されれば直ちに再選挙となることから、ニセ転入工作をする余地はなく、公正な選挙が実現される。町民はそのことを切望している。

定数是正では、あれほど柔軟で熱心に是正を要求し選挙の自由と公正の実現に尽力した裁判所が、本件のニセ大量転入のような不公正に目をつむるのか、そのアンバランスは全く理解に苦しむところである。

次の選挙の時点である昭和六〇年一二月迄に、御庁に、正義と公正の立場にたつた選挙無効の判決を期待する次第である。

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